田口高広歯科【インプラントセンター/歯科医院/一般歯科/インプラント】

治療に対する理念・プロフィール

     

line

田口高広の勝手に波瀾万丈 誕生から小中学校編

写真をクリック!

写真をクリック!

続く

●3歳の幼児にふりかかる悲劇

酪農家“田口光男”の長男として生まれる。

当時人気のあった俳優“田村 高廣”にちなんで「高広」と命名。

3歳のとき自宅の2階から転落する。脳出血で意識不明の重体。

医師には「生命は絶望的」と言われる。

事故から3日後、奇跡的に目を覚ます。

発した言葉は「お腹・す・・いた。」

目覚めてたっぷりに牛乳を飲ませる。

しかしこの時医師からは「牛乳を吐いたら…諦めてください…。」

と厳しい一言が家族に降りかかっていた。

しかし、奇跡を呼ぶオトコ“田口高広”!!その後食欲が戻り、検査結果も

異常はなく、後遺症も残らず完全復活を成し遂げた。

●ぜい肉トントン

転落事故以降、脳の発育を助けるため高カロリーな食品を摂取するよう

医師に言われ、体はまるまるかわいい園児となる。

園児とは思えない体格と母の昭代さんゆずりの優しい瞳で一躍人気者に。

将来を心配する母親により高カロリー療養は続く。

小学生になるころには肥満児に。ついたあだ名は「ぜい肉トントン」。

小学校は「真鍋小学校」に入学。このとき生まれ持つ器用さが開花する。

小学生時代の絵画や彫刻は数多くの賞を受賞。

勤勉でまじめな“田口高広”が誕生する。

このころ「歯医者になろう」と夢を描く。

「土浦第二中学校」に進学。まじめな高広君は中学校では学級委員や

生徒会を積極的にこなす優等生。

思春期を迎えて気づく。ダサくてモテない自分…。

それをカバーするために頭の良さでアピールすることで補う“技”を覚える。